F1を、このチーム無しには語れない。スクーデリア・フェラーリ!

F1には長い歴史があります。その長い歴史とともにフェラーリはずっと存在しています。F1を語るうえで、フェラーリなくしては語れないでしょいう。そんな長い歴史を持つフェラーリ(スクーデリア・フェラーリ)について色々語りたいと思います。

フェラーリF1 2016年の戦績

フェラーリF1の2016年の戦績は獲得ポイント398p、決勝完走率82.9%、予選最高順位2位、決勝最高順位2位と振るわなかった。コンストラクターズは3位で終わった。ドライバーの表彰台はあったものの、優勝はないまま終了した。敗因はなんだろうか?

2016年のフェラーリF1

シーズン当初はメルセデスにも対抗できると期待されていた。開幕戦でも1-2体制でレースを進めていたが、クラッシュによる赤旗でメルセデスに逆転された。その後もフェラーリF1に良いところはなく、イタリアGPを前にマルキオンネ会長はマシン開発に「失敗」したと認めた。

フェラーリの歴代F1マシン

フェラーリF1 「500F2」

1952年に初の王座に輝いたマシンです。当時のF1は出走台数が少なくなるという懸念があり、F2車両で行われていました。この車両はF2マシンなので名前にF2と付いています。2年連続でチャンピオンになりました。

フェラーリF1 「フェラーリ158」

1964年にジョン・サーティースがドライバーズチャンピオンに、フェラーリもコンストラクターズチャンピオンにと2冠を達成したマシン。その見た目から葉巻型と呼ばれ、当時のF1ではこのような形が主流となっていました。

フェラーリF1 「312T」

F1映画「RUSH」にも登場した「312T」はニキ・ラウダによってタイトルを獲得したマシンとして知られています。5年間に渡って使用され、通算27勝、3度のドライバーチャンピオン、4度のコンストラクターズチャンピオンを獲得するという圧倒的な強さを誇りました。

フェラーリF1 「フェラーリ126C2」

1982年、エースとして大活躍していたジル・ヴィルヌーブを事故で亡くすなど大きな困難に直面し、そのチームメイトであったティディエ・ピローニも事故で両足骨折などで戦線離脱。しかし後任ドライバーが健闘し、見事にコンストラクターズタイトルを獲得。

フェラーリF1 「641/2」

1990年にF1を戦ったこのマシンは、真っすぐに伸びたフロントノーズが特徴で、小さくコンパクトに絞りあげられたボディは無駄を感じさせない美しさと評されています。そのためかF1マシンとして唯一ニューヨーク近代美術館に展示されるなど、その芸術的価値を評価されています。

フェラーリF1 「412T2」

1995年、ジャン・アレジの初優勝を演出したのがのマシン。1994年は大事故が相次ぎ、安全性の確保が急務と、FIAはマシンに関する規定を設け、スピード抑制を目指し大きくレギュレーションを変更。リタイアは依然として多く、結局アレジの1勝にとどまる。

名門が復活!シューマッハ時代のマシン「F2004」

フェラーリは1999年から6年連続王座に輝き、シューマッハもなんと2000年から前人未到の5年連続王者を獲得。その強さからシューマッハは、フェラーリのチームカラーである赤をとって「赤い皇帝」と呼ばれる。この「F2004」が圧倒的な性能を見せ、チームは18戦15勝。

フェラーリ最後のチャンピオンカー「F2007」

2007年、開幕当初は好調なスタートを決めましたが、シーズン中盤に空力開発に欠かせない風洞に不具合が見つかり、一時はマクラーレンに劣勢を強いられます。しかし後半は驚異の粘りで、最終戦で優勝を飾り大逆転で王座を獲得。フェラーリが最後のダブルタイトルを獲得したマシン。

フェラーリF1ドライバーズ・チャンピオンを獲得したドライバー

アルベルト・アスカリ(1952年 - 1953年)

ファン・マヌエル・ファンジオ(1956年)

マイク・ホーソーン(1958年)

フィル・ヒル(1961年)

ジョン・サーティース(1964年)

ニキ・ラウダ(1975年、1977年)

ニキ・ラウダ

オーストリアのウィーン出身。1975年、1977年、1984年と3度のF1チャンピオンになる。「スーパーラット」、「不死鳥」の異名を持ち、その走りはコンピューターと云われた。また映画にもなった有名なF1ドライバー。フェラーリを語る上で外せない存在です。

ジョディー・シェクター(1979年)

ミハエル・シューマッハ(2000年 - 2004年)

ミハエル・シューマッハ

もう一人、フェラーリのF1ドライバーで外せない人、ミハエルシューマッハです。ドイツ人として初のF1ドライバーズチャンピオンだけでなく、最多優勝91回、チャンピオン獲得7度などF1の主な記録を更新。2006年に一度引退したが2010年に復帰、2012年に再度現役を退いた。

キミ・ライコネン(2007年)

キミ・ライコネン

2016年現在、フェラーリで最後のドライバーズチャンピオンになったドライバーです。一度はフェラーリを離れ、F1からも離れましたが、2014年にフェラーリへ復帰。37歳のベテランドライバーが2017年にフェラーリに栄光をもららしてくれることを期待します。

フェラーリではチャンピオンになれなかったアランプロスト

アラン・プロスト

アラン・プロストもフェラーリを代表するドライバーの一人ですね。しかし、フェラーリでは優勝なしでした。鈴鹿での「セナプロ対決」で開始早々、セナがプロストのインに入り二台ともクラッシュしリタイア。この瞬間にプロストの優勝はなくなりました。

2017年のフェラーリF1はどうなる?

2016年と2017年のマシン比較

2017年のフェラーリはドライバーは変わらずベッテルとライコネンの両名が残留します。昨年は不運に見舞われ、マシン開発の遅れでチャンピオンは逃しましたが、潜在能力はあります。来年のフェラーリに期待したいと思います。

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